あれ、順番が違う?、、、和田です。
表題の件、何がって言うと、ホントはこのブログは
私とか木村Pとか他のいろんなクリエイターの方たちの
キャッチボールを見てもらおう!って言うコンセプトだったんです。
だから最初は二人で交換日記みたいな形をとりましょって、
ローカルルールを決めていました。
でも、スタッフの皆さん、ちょっとだけルール違反させてください。
だって気持ち悪いんだもん、せっかく反応があるのに
ほっとくってのが。ごめんなさい。
てなわけで倉西さん、アンサーありがとうございます。
まとまらないのはご愛嬌って事で(^-^;
これがやらせだったら笑えますよね。
ビックリしてたの、演技かよ!とか(笑
いいゲームを作ることでこれを見てるみんなに
違うんだよって証明したいと思いますので
しつこくウォッチしていただけたらありがたいです。
でも怒られるんだろうなぁ、、、木村Pに。
少しだけ彼の話をすると、一言でいうと
「下手すると失礼なぐらいの自由な精神の持ち主」
突然何ヶ月も海外に旅に行ったり、いきなりスイスで個展開いたり、
ほっとくと風呂に入らなかったり(笑
ところが、ひとたび仕事-つまりゲーム作り-となると、
ものすごく細かくキチンとしないと気がすまない几帳面な人なんです。
それがゲームがちゃんと出来たり、売れたりすることだから。
昔はそうでもなかった気がするんだけど、少なくとも今は確実にそうで、
だからこそ仕事の上でのルールを破ったら怒られそう。しゅん。
これは多分、彼の熟成されたプロ意識が
そうさせてるんだと私は推測してます。
自由な精神をココロの赴くままに解き放ってたら、
芸術は成り立っても多分ゲームは出来ない。
もちろん、彼は急にそうなったわけでなくて、
ゲームが出来あがったり出来なかったりという時間を
たくさん過ごしてきたから、今の彼はプロとして
研ぎ澄まされているのだと思います。
まあいいや、このゲームちゃんと凄くなるよ!ってのをちょっと書いただけです。
ルール違反ではあるけれど、きっと見てくれている人はいるし、
良くも悪くもざわっとするので許して。
いやぁ、いつにもまして前置きが長いので本題に入ります。
相変わらず「O」のことはまだ書けないので、
前回少しふれた洋ゲーとかにまつわる話。
実は私がこの世界に入って最初に自分がメインで手がけた仕事が、
ファミコン末期の洋ゲーのローカライズでした。
当然の如くあんまり売れなかったけど、利益を出せたんですね。
地味だけど儲かるっていうんで、幸運なことに会社は自由にやらせてくれて、
いつかちゃんとしたゲームをつくりたいって思って、その後しばらくはやってたなぁ。
それこそたくさん企画を書いたけど、却下されたり、自分で引っ込めたり。。。
そんな事もあって、何百本も洋ゲーをプレイしたわけですが、
その頃のものはほとんどがひどいものでした。
もちろん中には『アウターワールド』とか『ダンジョンマスター』とか
『プリンスオブペルシャ』とかエポックメイキングなものもあったし、
はじめて『アローンインザダーク』をやったときは衝撃を受けた。
大好きだった『シムシティ』や『ポピュラス』や『レミングス』も洋ゲーです。
もっというと、『ウィザードリー』とか『ウルティマ』がなかったら
今の日本のコンシューマーRPGは存在しないみたいなところには
敬意を払うとしてもです。
それでも、日本のきめ細かいつくりのゲームに比べたら、
洋ゲーのほとんどは悪いけどクソゲーだった。
いつぐらいからかなぁ、あれ?っと思ったのは。
『ローグ』っていう原型があって、日本では『不思議のダンジョン』が生まれ、
海の向こうでは『ディアブロ』が生まれた。
どちらも本当に素晴らしいゲームで死ぬほどやりました。
その頃はもう仕事の合間に『バーチャ』やって家に帰れたら
ネットにつないでゲームみたいな日々だったかも(笑
それでもっていつの間にか『ディアブロ』から『エイジオブエンパイア』に移り、
仕事が忙しくなって『バーチャ』とか出来なくなってという感じで、気づいたら
日本のコンシューマゲームをやる機会がドンドン減っていってしまってたんですね。
クリアするのは年にせいぜい1、2本、あとは話題のゲームを数時間触るだけみたいな。
そこには単純に歳をとったとか、いろんな要因があるんだと思うのですが、
凄く個人的な要因の一つに、見てる時間が長くなってしまった
というのがあると思います。
ゲームにはいろんな形があるべきだし、それでこそ文化になりえると思うので
極端な話、昔ゲーセンにおいてあったレーザーディスクゲームも
アリだと思ってます。
ヘリコプターが飛んでる映像が垂れ流しであるタイミングで矢印が出て、
反応できれば続くみたいな。
だから、これはゲームにムービーいらねーよ!
とかそんな単純な話ではありません。
でも、私自身はやっぱりゲームにたくさん触りたいし、
たくさん反応が欲しいんですね。
ずっとプログラミングされたものと触れ合っていたい。
脳トレとか大好き(笑
話はそれてしまいましたが、今現在に戻すと、
海外のゲームと日本のゲームはいろんな意味で
違う方向に進化をしたんだなぁと、つくづく思います。
細かく見ていけば例外もあるけど、
大きな方向性では海外のゲームはよりリアルであるし、
技術至上でありながら、日本の特性だったきめ細かさも備わってきています。
繰り返しになるけど、どっちが悪くてどっちが正しいというつもりはありません。
とはいえ、これはやばいなぁと。
今の日本のゲームで海外のトップレベルのものと張り合えるのは極一部。
本来なら日本の中でだけでも、もっともっと凄いのもアリ、
やばいのも楽しいのもアリとそういう多様性が成立しないといけません。
なぜ多様性が無くなってしまったかというと、
単純に商売が成立しないからだと思います。
商売が成立しないのは市場が縮小してきたからで、
それはやっぱり私たちソフトメーカーのせいなんですね。
いろんな事をしなきゃいけないんですよ。いろんな人がいるんだから。
その人たちがお客さんになってくれて、はじめて拡大がある。
拡大があってこそ、商売があり、商売があるからこそ、
文化になりえる、と私は思います。
多くの人はそんなこと知ったこっちゃないと思いますが、
私はゲームを文化にしたい。
幸いにも今は、一時は縮小してしまった市場がやや拡大傾向にあります。
人がいっぱい集まってくれてるし、見て、触ってくれています。
でもこの状況は、ひょっとしたらブームのようなもので
すぐに終わってしまうかもしれない。
それは何故かというと、ゲームなんていうものは、
ほとんどの人にとっては暇つぶしのあっても無くてもいいものだからです。
ところが、私を含めたたくさんの愉快な仲間たちにとってはそうではありません。
表現の場であり、飯の種であり、何よりもやってて面白くてしょうがないことなのです。
だからこそ、人がいっぱいいる今だからこそ、いろんなものをたくさん作って
一人でも多くの人に「ゲームって楽しいね」って感じてもらい、
日本が誇る世界の文化として未来に繋がって行ってほしいです。
昔話をするといかにも親父臭いですが、海外、特にヨーロッパに行くと
日本のゲームは凄いってよく褒められたものです。
日本はゲームのエルサレムだとまで言われました。
照れくさいけどうれしかった。
このままでは日本は後進国になりかねない、
そんな危機感が今ちょっとあります。
とにかくパワフルに、ちっちゃなものから大きなものまで
いろんなものを世界に発信していきたいです。
ふぅ、この辺にしときます。
こんな感じのことはどうしても言いたかったし、
これで少しはアドレナリン収まるかな。
次からはもう少しゆっくりと、ちゃんとこのゲームについて
書きたいかなと思います。
そんじゃ、木村P!
ようやく少し落ち着けたので、あとはよろしくお願いします。
いや、自分の番はちゃんと書きますが(笑
さてさて、またまた素早い和田です。高速の女騎士なんとかってやつかも。
なんだかんだ気になってるというか
前回も書いたとおり、まだアドレナリンが出ている状態です。
ていうかまだ怒りますか、木村P。まあいいけど(笑
不親切はまずいと思います。私も、うん。
それだけ広く遊んで欲しいしね。そこはがんばりましょう。
HEROESとかもね。それはまた別の須田さんとのバトルですが。
実は、今回は洋ゲーの話を書こうかと思ってたんですが
今日このブログにアクセスしてみたらビックリしたので、
ぜひともそのことを書かせてください。
それは、トラックバックのことなんですが、
まずはタイトルのとおり「恐縮です」です(笑
倉西さん、やっぱ貴方、男です。まさに「漢」と書いて「おとこ」
それに気を良くしたからってわけじゃないんだけど
今回はゲームマスコミについて、自分なりに感じてることを書こうかと思います。
またまたタブーゾーン?なのかもしれないけど、
ブログやるとなったら己の人生と経験と魂をこめて書くしかないので
-正しいとか間違いとかでいうと、まあ別の尺度があるのかもしれないけど-
これでクビになったら、まあしゃあないかって感じですね。
ここ最近、それはプレイステーションの時代と言ってもいいかもしれない。
その時はずいぶん長い間、ファミ通 vs 電撃、見たいな構図が
業界や熱心なユーザーの間ではあったと思います。
さおさんとか、ごめんなさい。ここではあえて極端に書かせてください。
でも私が思うのは「vs」では無いという事なんです。
そりゃ確かに、現場で仕事を進める上では色々あります。
情報の早さとか濃さとか付き合いとか。それで揉めた事も多分ある。
それはホントにごめんなさい。うちの会社がヘボイです。
もっとちゃんと頑張らなきゃ。
私は世代的に浜村さんとか塚田さんとかいわゆる創世記からの大御所さまとは
挨拶をさせてもらうことはあっても、ちゃんと話しをさせてもらった事がありません。
なので、この話は倉西さんとか加藤さん(ファミ通編集長)のようなゲーム誌を
現場的に束ねてる人と付き合っている中で思うことなんですが、
みんなものすごくゲームが好きなんですね。
ゲームがいい感じになったりイマイチな感じになったりすることについて
凄く心配していて。
そこに私は”激しく”共感してます。一個人として。
みんなゲームが凄く好きで、もっともっと世の中的に盛り上がって欲しくて。
それに自分を含めてみんないい感じに歳をとっちゃってるので、
それなりの立場にいてゲームをきちんとビジネスにも繋げて、
世界中みんなで豊かになりたいと考えている。
一方で、なんだかんだみんなヤンチャというか、「面白いことが正義!」みたいな
精神をちゃんと保っていて、だからこそ今回のトラックバックがあるんだなって
しみじみ思いました。
ホント申し訳ないんですが、この「Project O」はファミ通のスッパ抜きな訳で。
そこに電撃の編集長がトラックバックしてくれるって、普通ありえないですよね!?
というか、大丈夫ですか?(笑
私は本当に感動して、ひとり酒飲みながら涙が出ました。
同時にすごく真摯に、このゲームとか、他のいろんなゲームとか、
業界とか、世の中とか。。。
もっともっとやれる!って思いました。
この事で、ものすごく何かが変わるわけではないかもしれないけど
しがないゲームの世界の端っこで感じたことは、そこはかとない力になって
必ずゲームのよい未来に繋がると信じてます。
だから、もしゲームユーザーの人がこれを読んでいるとしたら、
ゲームマスコミとかゲームの未来とかもっともっと信じて欲しいと思います。
一般的には、マスコミ=プロパガンダ=糞、
みたい感覚は、もともとパンクな人間としては自分も当然持っているし
大人の事情があるとか思いがちだけど、現状、もしそれが唯一あるとしたらスピードだけだと思う。
マーベラスとしても、いろんな出版社さんとお付き合いがあって、
いろんな事情で情報をコントロールして出しています。それは事実。
でも、それ以外はホントにゲーム好きな人たちが出来るだけ
面白さを伝えようとして愛をこめて叫んでるのがゲームマスコミ。
ホントにシンプルにそれだけ。
これは自分の知っている中では、限りなく真実です。声を大にして言いたい。
こんなことを書いてしまうと、みんなに引かれてもうトラックバックとか
来ないかもしれないけど、もういいや。それぐらい嬉しかった。
どっちにしろ頑張っていいゲーム作ろう、遊んでもらおうって、
ホントに思えたので。
倉西さん、マーベラスはこれ以外にも、
ものすごいネタをたくさん仕込んでいるので
今度持って行きます、、、とか言ったら加藤さんに
怒られちゃうかもしれないけど、、、トホホ。
つーかいいのかね、ホントにこんな事書いて。
「面白いことが正義!」だから、まあいいか。
てなわけで、木村さん。
全然ゲームの話しないですみません、ただ今回は許して。
ホントにホントにいいゲームにしないとやばい感じになってきた。いいねー!
次はゲームの話、書きます。
木村です。
和田さん、週に一度の更新を目標に!と始めたのに
なんか、更新頻度高すぎです。
ゆっくりいきましょうよ~。
うーん、そうですね。僕は怒ってますね。
「自由度をもとめたから、不親切になってしまいました。」
この手のロジックは間違えていると思います。
和田さんがこれに似た発言をすると、
僕はどうしても怒らざるおえないんですよ。
実際、和田さんじたいがそんな風におもってることはないんですが、
それを聞いてまわりがそう解釈しちゃうのがいやで反論してるかんじかな。
なんていうのかな、僕も自由度の高いゲームが好きです。
ただ、“自由度が高くても導入がよければ、
しっかりその世界を楽しめるようになる。”
そういうふうに作れるんじゃないかとおもってます。
さらにいうと、ゲームってのはそもそも自由なんじゃないですかね?
ビデオゲームに物語がついたあたりから、
自由度なんていうなぞの言葉ができただけ。
なんで、僕がゲームのことをオモチャとよんでいるのかというと、
それは、ラジコンやルービックキューブのようなオモチャを
つくるのに近い感覚があるのを忘れちゃだめだってことなんですよね。
物語はあくまで、その操作性のあるオモチャに
のっかりやすくするための演出にしかすぎないんだとおもうんです。
たとえば、それが2D画面の物語主体のアドベンチャーゲームであれ、
コントローラーをユーザーにもたせた時点で、その本質からは逃れられない。
なんていうか、“不自由な自由”。かぎられたルールの中で
自由っていうかんじかな。
それが、“ゲーム”なんじゃないでしょうか。
トランプでも囲碁でもマージャンでも、モノポリーでも
アクワイアーでも、ラジコンでも、ルービックキューブでも。
自由か不自由かを論じる時点でなんか違うんじゃないかな。
・・・とこれが僕の中にある正論。
ただし、なぜかこの正論がうまく実行できない。
されてないのが現状。自分がたずさわってきたゲームでも
しっかり正論をつらぬいたことなんてない。
そういうのがすごく悔しい。
で、今回はその方法を考えて実行しようとしてます。
イマジネーションと、それ以外の部分。両方です。
お金と時間と人。開発力に組織力、知恵と勇気と体。
宣伝、営業。そのほかもろもろ。
そういうのがすべてそろって、
今、僕は僕なりに最大限の工夫をしようとしています。
尊敬する赤瀬川原平先生のように、それらの”力”を統合して
ひとつの呼び名をつけてみました。
そ、、それは ”だんどり力(ダンドリリョク)”
うひゃー、ゴロ悪い!しかもなんか夢がない!?
とにかく、これがクオリティーをあげるのに大事なのです。
いくらよいアイデアをもってしても、
これがないとポテンシャルが出し切れないのです。
今回はプロデューサーの僕がその力を出す役をやります。
ディレクターだった僕には新しい挑戦ですが、
真摯に一歩一歩進めてゆきたいものです。地道にね。
追伸
そうそう、だからこそですが、和田さん、ひとつ、安心してください。
このプロジェクトやっている間に、アフリカいったり、
メキシコいったりはぜったいしません。
だ・・だって、日本にいないと、
”だんどり力”が発揮できなくなっちゃいますからね・・(笑)
でも、終わったら、旅にでます。たぶん。
和田です。同じく飲みすぎで頭が痛い、、、
というかキャッチボール早いな、一週間毎じゃなかったっけ?(笑
経営をやっていると仕事の中心はどちらかというと
全体的なことが多いのですが、
やはり自分の深くかかわったタイトルが発表されたりすると、
ずっと言っちゃいけなかったことが言えるっていう嬉しさとか
ねぇねぇ、みんなどーなの?みたいな期待と不安が
入り混じって相当なアドレナリンが出ます。
開発はまだまだ続いていくんだけど、この軽い興奮状態のときに
できるだけいろいろ書いておきたいって言うのが今なんですね。
さて、9時間もぶっ続けで飲んでると当然色んなことを話しているんですが、
今回はその中でもゲーム作りに大きくかかわる、
怒られ話にまつわる自分のゲーム観を書いてみます。
海外のソフトについては私も思うところがあるのでまた次回にでも。
とっかかりは、自腹で『牧場物語 キミと育つ島』を
買ったスタッフから文句を言わせろという流れ。
彼女は実ははじめて『ぼくもの』を遊んだわけですが、
遊んだ方はご存知のとおり序盤はかなりのマゾ仕様になっています。
不満は色々あるんだけど、総括すると
何でも出来るのかもしれないけど、何をやっていいか分からない。
そもそも何ができるのかも分からない。
まずチュートリアルが無いのがありえないし、
事情があって入れられないのならせめて取説で
分かるようにしろ!って事でした。
そうそう、タッチペンオンリーとか舐めてんのかも言われた(笑
とはいえ、彼女は今後のため、よいものづくりのために
愛をこめて言ってくれているわけで結論としては
「ですよね、そのとおりです、がんばります。」と思っています。
ただ、ここには二つのことがあって、一つは単純にテクニックが稚拙であること。
例えば任天堂のソフトにはそういう配慮が
ほとんど完璧なレベルで施されていますが
自分たちにはなかなか出来ません。
これはもう反省して頑張って、できるようになるしかない。
もう一つは、さじ加減のこと。
極端な話だけど、親切を突き詰めていくと1から10まで
手取り足取りということになってしまい
ゲームをやらされているように感じて
面白さがなくなるんじゃないの?という話。
ちなみに、木村Pには「断じて違う!」と
ここでも怒られたわけですが(笑
私が人生で一番影響を受けているゲームは、
ありがちだけどディスクシステムの初代『ゼルダ』です。
あのゲームはホントに何も説明が無かった。
テキストとかホント少ない。
でもだからつまらないかといえば、全く逆で、もう最高に面白いわけで。
手探りでろうそくで全部の木を燃やしたりとか、
ありとあらゆる所に爆弾を仕掛けたりとか、。
アイテムを手に入れるたびに色んなことを試したりとか。
それで何かが見つかった時のあの嬉しさは、
これぞゲームでしか味わえない快感、みたいな。
ゲームは凄くシンプルに言うと、
「あるルールがあって、何かしたら何か反応がある、それが嬉しい」
って事だと思います。その先には作り手の趣味嗜好があって、
私はどちらかというと、やれることや目的が出来るだけたくさんある中で、
出来る限り全てにキチンと反応を用意して、遊び手が好き勝手に
その世界を楽しむことが出来るものを作りたい。
それを自由度だと思っているし、その思想でぼくものは生まれました。
だからホントの本音で言うとチュートリアルなんかいらないと思ってるんですね。
色々試せばいいじゃんっていうのが正直な所。
そうやって発見していく過程もゲーム性でしょ?って。
でも、同時にそれはプロの言うことじゃないなっていうことも理解しているつもりです。
同人ソフトじゃない、たくさん売れて欲しい作品を作るのであれば、
できるだけ多くの人が、作り手の意図した楽しみ方をちゃんと享受できるように
上手い具合に説明が整っていないとまずい、って事だと考えてます。
拙いバグがないってのはまあ当然として、
この『O』はとっつきやすさとかその辺でも
胸がはれるような誰でも楽しめる作品にしていきたいです。
まあプロデューサーがそのあたりしっかり分かっているので、
大丈夫だと信じてますが。
ねえ、木村さん!
おはようございます。酒がのこっててちょっと頭いたいかも。
結局20時~朝まで飲んでました!?
現場の木村は何をしているかというと
飲んだくれた結果、ちょっと頭がいたいです。
・・というのは、今日だけで、
普段は僕はプロジェクトのクオリティーのことばかり考えています。
*
最近僕は、海外のゲームが気になって気になってしかたありません。
昨日はGDCの動画をネットでみたのですが、
とんでもなくおもしろそうじゃないですか。
特に、Little Big Planet。
人形アニメのような味わいのあるキャラクターが
物理エンジンとか利用しまくりで、うごいている。しかもかわいい。
すごくかわいくて、小さいお人形さんがゲームの中で
インタラクティブに動いているじゃないか・・。
ひさしぶりに、人がつくってるものを見てジェラシーを感じてます。
海外のゲーム開発はいつのまにか、
日本をおいてけぼりにしてすさまじく成長しているようで、
いつのまにか、おいつけないくらい遠くにいってしまうような、
海外ゲーム開発者の勢いを感じました。
・・・で、
現場の木村は何をしているかというと・・?
僕はプロジェクトのクオリティーのことばかり考えています。
物理エンジンがあるとクオリティーが高いのか?
解像度がたかいとクオリティーが高いのか?
ポリゴンやテクスチャーがきめ細かいから?
アニメがなめらかだから?
いえいえ、そういうのは、あくまで表層でしかありません。
そういう部分を追求するのは、あくまで枝葉。
じゃぁ、もっと別の角度からいうとどうだろう。
かわいいから、良いゲームなのか?
かっこいいから、良いゲームなのか?
怖いから、良いゲームなのか?
こっちのほうが、まだハートがあるな。
つまりお客さんがゲーム画面をみたときに”感じる”ものが
あってことが重要なんじゃないだろうか。
最終的にどういうクオリティーをめざそうとしているか?
ということにつながるのではないだろうか。
・・で、もっともお客さんが”感じる”部分で大事なことってなんだろう?
それは今回のPROJECT Oの場合
”操作しておもしろい!”+”かわいい!"
ということじゃないだろうか。ゲームは映画でも漫画でもない。
操作して遊ぶおもちゃなんだからね。
めざすのは「操作できる、かわいい、オモチャ」なんじゃないかな。
昔、20年前くらい、奈良の米屋の友達の家でファミコンをあそんでいるときに、
画面のなかでとんだりはねたりしているマリオをみて、その家のおばあちゃんが
「あ~、テレビの中で、お人形さんがうごいとるわ。」といったのを思い出す。
ばあちゃんの世界では、ドット絵なんて概念はなく、
うごいてはねまわっているそのドット絵は
「お人形さん」にしかすぎないのだ。
16×16のドット絵でも、ヴェクタースキャンでも、ローポリでも、ハイポリでも、
そこにいるのは、コントローラーで操作できるテレビの中のお人形さん。
絵の質というのは、機械の性能に依存した質であって、
”おもしろさの質”とイコールではないんだわな。
そんな本質部分を大事にしてから、枝葉も大事にしたい。
そんな今日この頃です。
※そうそう、和田さん
「バグがない」すっごいだいじですよね。開発一同、
「バグがないゲーム」めざします。
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