王様のタイムマシン その2
きむPです。
さてさて、先週末から
王様物語開発現場をタイムマシンにのったつもりで
過去からふりかえっております。
それでは、先週の続きです。
【2008年 4月】
さらなる本格的テコイレ開始。
メインメンバーを福岡から呼び出して、カンヅメに。
ゲームシステムの構成や、レベルデザインの構成をトムちゃんと再検討。
マーベラスにある一室。まるでサイレント○ルに出てきそうな
ホラーっぽい倉庫部屋で酸欠になりながら、ミーティングしました。
(※これがその部屋の扉です。ぶ、ぶきみ・・・)
「この部屋、なんか息苦しくないっすか」
「うん、霊が出るらしいよ」
「さぁ、霊なんか無視してゲーム考えよう」
「・・・・・・」
この頃にNPCの反応マトリックスとか、ジョブとボスと
レベルデザインの見直し作戦が実行されました。
おもえば、ここに作品の分岐点があったんだよなぁ。
【2008年 5月】
ここらへんで、和田EPから一言
「木村さん、福岡いって監督やってください。」
「はい!?でも私が東京にいなくなると、
たちゆかないこともありますが・・・大丈夫でしょうか・・」
「Pの仕事は一時停止してください。
福岡いって、現場をまわしてください!
こっちはドーンとまかせなさい!」
「はい、福岡いきます!住んできます!
ラーメン食べて、太ったら、うらみますよ!」
こんな会話があったとか、なかったとか。
【2008年 7月初旬】
現場到着したあとは、全員と個別ミーティング。
CINGの宮川さんや、トムと相談して
とにかく、ゲームつくるための環境を再構築。
関係者ほぼ全員でCINGに引越し。開発内の組織整理。
能率をあげて、おのおのが力を発揮できるように、諸々整理。
(ここらへんが、5、6年前の僕だとやれなかったことなんだよな・・・
と自分で昔のことを思い出して泣く。)
「ゲーム作るのは面白いんだから~
疲れても楽しむんじゃ~い!
カッポレカッポレ~」
・・・と酔っ払い的な発言をしながら、ニュー王様開発室にて現場仕事開始。
たしか、この頃、若いプログラマーのセンスや思考に
感動したりもしたのを憶えてるなぁ。
【2008年 7月後半】
そのあと、信頼するプログラマー、ミスター・ナガサワを
ニッコリしながら福岡に誘導。
「福岡に無茶苦茶うまい、みずたきがあるんよ~」
「福岡にはメイド喫茶もアニメイトもあるよ~」
うまいものを食べさせて、必死で福岡のよさをアピール。
結局、彼も福岡に来ることに。「やったーやったー!」無邪気に喜びわし。
7月の終わりには合計3名のツワモノプログラマーが勢ぞろいして、
開発が勢いづく。王様ストライクチームですな。
無茶苦茶忙しいながらも、一度日曜に海にいった。
「きむP、おぼれないでくださいね」
「きむP、くらげにさされないでくださいね」
「福岡で開発すると、自転車で海にいけるんだ!すげー」
【2008年 10月】
TGSのステージでのみ 海外むけのPV発表。
プレイアブル発表。
きむPへたな英語でがんばる(笑)
しかも、それがYOUTUBEにあがってて、真っ赤になった。
なんていうか、レベルデザインの調整もまったくやれてなかったので
もう、なんていうかギリギリあそべるところだけ切り出して
披露しました。このときは、心から緊張しました。
作ってる途中のものを見られるってつらい。
そのあとはもう、マスターに向かってもうダッシュ。
そんでもって、やっとこさ2009春マスターアップし。
やっとこさ 発売日9月3日で決定とあいなりました。
なんやかんやで、いつのまにか身の回りの人間をまきこんで
本当に色々な方々に迷惑かけながら、泥んこまみれの開発でした。
あらゆる場面であらゆる人のヘルプがあってできたゲーム。
・・・たぶん、開発関係者も、このブログ読んでるよね?
「みんな、ありがとう!おつかれさまです!」
***
さてさて、このブログ・・・最初の主旨にもどりまして
王様物語の開発体験談を各メンバーから集めて
発表しちゃおうとおもいます。
和田さんも秘話くださ~い!
今週は・・ライフシミュレーション担当のワーネバ安永さん。
あと、私の弟子。弟子っていうかもはや戦友。ブラザー。
プランナーリーダーの池田トムが登場します。
みなさん、これからも王様ブログをお楽しみに~!
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